東京ブルースの唄い方

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宇多田ヒカルの孤独の行方 「Fantôme」を聞いて

文章を書くことが苦手な私が、宇多田ヒカルの歌詞の素晴らしさをうまく伝えられるはずがない。
けれど、どうしても、この感動を残しておきたい。「Fantôme」がなぜこんなにも心に響くのか、解き明かしたい。


なぜだかほとんどのJ-POPの歌詞が頭に入ってこない私。音楽を聞くときはいつもメロディを追いかけている。ノリのいい曲は体でリズムを取ることに集中しているし、歌い上げるバラードは、歌い手のテクニックばかりが気になる。


けれど、宇多田ヒカルを聞くときだけは違う。彼女が発した言葉の一音ずつを文字にして書き起こしているような感覚になる。普段、音楽を聞くときに働いていないだろう、私の脳の中の言語中枢がとても活発に動き出す。


それは、彼女のはっきりした発声のおかげかもしれないし、メロディにピッタリ収まる歌詞のおかげかもしれない。とにかく歌の歌詞が聞こえてこない体質の私の中に、宇多田ヒカルの言葉だけはびしびし突き刺さってくるのだ。「Oh」という感嘆詞ですら、何か意味のある言葉のように聞こえてくるのだ。


私が人生で最も繰り返し聴いたアルバム「First Love」だ。その次は多分、「Distance」。

泣いたって 何も変わらないって言われるけど
誰だって そんなつもりで泣くんじゃないよね
(time will tell)

何にも縛られたくないって叫びながら
絆 求めてる
守られるだけじゃなく 誰かを守りたい
(Give Me A Reason)

誰かの為じゃなく 自分の為にだけ
優しくなれたらいいのに
一人じゃ孤独を感じられない
(For You)


いつも孤独と戦っている歌詞が、自分の心の中を代弁してくれているようで、一緒に歌うと涙が出た。


人間活動に入る直前の宇多田の曲ももちろん聞いていたが、初期の頃と比べて、俯瞰でみた誰かのことを歌っているような印象だった。しかし「Fantôme」には、宇多田ヒカルという人がくっきり存在している。久しぶりに自分の心の中をさらけ出した歌詞。でも今までのように孤独と葛藤してはいない。


For Youの歌詞にある、「一人じゃ孤独を感じられない」というフレーズ。彼女に孤独を感じさせていたのは、お母さんの存在だったのではないかと私は思う。今回のアルバムは亡くなったお母さんを思って作ったものだというのは既知のことだけれど、お母さんがいなくなったことで、彼女はようやく孤独を受け入れられたのではないか。「Fantôme」の1曲目の「道」で彼女はこう歌っている。

私の心の中にあなたがいる
いつ如何なるときも
一人で歩いたつもりの道でも
始まりはあなただった
It's a lonely road
But I'm not alone そんな気分
(道)


きっとお母さんが生きているうちは、愛していても通じ合えないことや信じられなくなることが幾度もあったのだと思う。お母さんが亡くなったことで、ようやく彼女はお母さんと寄り添えた。心の中にお母さんを取り込むことができた。


もちろん孤独を感じなくなる人間なんていない。けれど、彼女はもう孤独と戦う必要はないんだろうと思う。


それは、彼女の歌のファンとしては少し寂しいような気もするが、孤独を乗り越えた先に、どんな歌を歌ってくれるのかは楽しみである。



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